社会言語科学会 第5回シンポジウム「変化するメディアとことばの現在」で研究報告を行ないました。
以下は、シンポジウム要旨からの私の報告部分の抜粋です。
辻大介「感情・情動の媒体としてのインターネット」
インターネットは,その黎明期には,万人に平等で自由な情報発信と議論の場を開き,より民主主義的な市民社会の形成基盤となることを期待されていた.しかし近年はむしろ,ターゲットへの嫌悪を煽る誹謗中傷の殺到(いわゆる「炎上」現象)や,マイノリティを排斥するヘイトスピーチの瀰漫,党派的対立感情を露わにした罵倒の応酬など,暗い面のほうがクローズアップされがちだろう.佐藤卓己 (2008) の用語法を借りていえば,理性的な「輿論 (public opinion)」の場から情緒的な「世論 (popular sentiment)」の場へ,とでも表せそうなインターネット像の変化である.
社会科学的なインターネット研究においてもまた,感情 (emotion) や情動 (affection) に注目する向きが,近年少しずつ目につくようになってきた.
アメリカでは周知のとおり,市民レベルでも共和党支持派(保守)と民主党支持派(リベラル)の政治的「分断」が深刻化している.そして,その一因がネット利用にあるのではないか,とも目されている.ネットでは自分の政治指向にあった情報の選択的接触が容易になる.また,Facebook 等のSNS でも政治指向の似た相手とつながり,保守派同士/リベラル派同士でそれぞれに閉ざされた「エコーチェンバー」が形成される.それによって,元々の政治指向がより極端になっていく.これをイデオロギーベースの極性化 (ideology-based polarization) といい,これまでの研究も主流はそこに照準するものだった.
それに対して,イデオロギーや政治指向と関わりつつも,また別の形での市民間の「分断」も進んでいることが,いくつかの調査研究から明らかにされている.たとえば,対立党派の者(共和党支持者にとっての民主党支持者,あるいはその逆)とは交友したくない,家族を結婚させたくないといった傾向が,近年ほど強まっているのである.こうした情動ベースの極性化 (affection-based polarization)とネット利用の関連を示唆する実証研究も,少ないながら現れている.
さて,日本の場合はどうなのか.ネット利用はユーザの意識・態度の極性化をうながし,市民間の「分断」を昂進させるように作用しているのだろうか.それはイデオロギーベースの作用か,情動ベースの作用なのか.本報告ではこの問いを中心に据えて,2019年に行った全国規模の無作為抽出調査のデータ分析の結果をまず紹介する.主だった知見はすでに公刊済みのため(辻編 2021),未公刊の分析結果や,その後の調査・サーベイ実験の結果も,あわせて報告することにしたい.それをとおして,インターネットを感情・情動の媒体 (media) という視角からとらえることの重要性を示す.
参考文献
佐藤卓己 (2008). 輿論と世論―日本的民意の系譜学. 新潮社.
辻大介 (編) (2021). ネット社会と民主主義―「分断」問題を調査データから検証する. 有斐閣.