書評『レイシズムを解剖する』

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書評『レイシズムを解剖する:在日コリアンへの偏見とインターネット』高史明著

辻 大介, 2016 『理論と方法』第31巻第2号(通巻60号), p.346

 
 2000年代後半,それまで不定形(アモルフ)に拡散していたネット右翼の一部は,「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のような明確な集団形態をとって,街頭でもヘイトデモをくり返すようになった.それは,日本「市民」のあいだで民族差別意識が隠然と受け継がれてきた事実を,書評子にあらためて突きつけると同時に,旧来の街宣右翼とはどこか異質な,ある種の新奇さを感じさせるものでもあった.

 本書は,そうしたネット右翼的あるいは「在特会」的な排外主義の古さと新しさを,古典的/現代的レイシズムの区別によってとらえ,それらが絡み合うさまを丹念な計量調査の分析から明らかにしていく.古典的レイシズムとは,マイノリティを道徳的・能力的に劣った存在とみなす,いわば強者が弱者を貶める“傲慢”のレイシズムだ.一方,現代的レイシズムは,すでに差別状況は解消されているとみなし,それにもかかわらずマイノリティは自らの努力不足を棚に上げて過剰な要求を行ない,むしろ特権を得ているとする.弱者が強者を糾弾する形を擬装する“ルサンチマン”のレイシズムである.

 著者は大学生を対象とした質問紙調査から,在日コリアンへの否定的態度について,これら2つの因子(尺度)を仮定することの妥当性をまず確認する.この際の分析でひとつ興味深いのは,古典的レイシズムが,在日コリアンが同化することへの不満/同化しないことへの不満を同時に高めるのに対して,現代的レイシズムにはそうした効果がみられないことだ.同化主義はこの研究分野での大きな論点のひとつだが,現代的な排外現象に対処するには別の視角からのアプローチがより重要になるのかもしれない.

 Twitterを対象とした計量テキスト解析の結果からは,コリアンに関連したツイートには,中国人に関連したそれに比べ,現代的レイシズムの特徴がより大きく現れることが示される.また,きわめて少数の者がそのツイートのかなりの割合を発信していることも明らかにされる.つまり,Twitter上ではレイシストが実数以上に過大な存在感をもちやすいのである.ただし,大学生調査のデータを重回帰分析した結果によれば,Twitter利用は現代的レイシズム(および古典的レイシズム)と有意な関連をもたない.それを高める効果が認められたのは,2ちゃんねるのまとめサイトの利用であった.これは書評子が行なった調査の結果とも符号する.Twitter上の排外主義はおそらく2ちゃんねるから浸みだしたものだろう.

 2016年,日本でもようやくヘイトスピーチ解消法が成立したが,憲法の保障する表現の自由とのかねあいを見据えながら,私たちは今後もレイシズムに対処していかなければならない.法学者も注目する本書は(『法学セミナー』2016年5月号,p.51),この問題を考えるうえでいくつもの貴重な知見を与えてくれる.