寄稿「若者の人間関係は「希薄化」したのか」

※以下は『東京大学新聞』に掲載されたものです

若者の人間関係は「希薄化」したのか

辻 大介, 1999 『東京大学新聞』3172号(12月14日号), 2面

 最近、子どもや若者が何か社会問題をおこすたびに、必ずと言っていいほど“その一因は人間関係の希薄化にある”と説かれる。例えば、数年前に神戸でおきた児童殺傷事件、いわゆる「酒鬼薔薇」事件の際には、次のような論説記事が掲載された(1997年6月30日付朝日新聞大阪版朝刊)。「つかまった中学三年生の少年は、いつも孤独だった。彼は…心を許せる友だちがいなかったという。…確かなことは、パソコンや電子ゲームなどに囲まれた情報社会が濃密になるほど、人間関係の希薄化が進んだことだ。」

 しかし、社会統計データの示すところは逆である。総務庁青少年対策本部の調査によると、70年に「心をうちあけて話せる友人」のいない者は24%だったが、90年には4%に減っている。他の調査をみても、友人のいない孤独な若者は決して増えておらず、むしろ一貫して減少傾向にある。また、NHKの中高生調査では、友人・親友とのつきあい方を「隠しだてなく」「心の深いところは出さずに」「ごく表面的に」の3つから選ばせているが、82~92年にかけてほとんど数値に変化はなく、同じ設問のある日経産業消費研究所の若者調査でも、85年から現在に至るまでやはり大きな変化はみられない。その他、いくつかの調査データを検証してみたが、ここ2~30年の間に、若者の孤独化やつきあいの表層化が進んだ形跡はおよそ見あたらないのである。そこで、さらに念を入れて、次のような可能性も検討してみた。昔なら単なる知り合いにすぎなかった相手でも今では友人にカウントされるようになったり、自分の電話番号を隠さない程度でも「隠しだてのない」つきあいと考えられるようになったために、数字には表れないけれども実際には関係の希薄化が進んでいる、という可能性である。だとすると、友人といても孤独感や寂しさを感じる若者が増えているはずだ。しかし、どの調査データをみても、友人といるときに充実や満足を感じる者の方が増えているのである。したがって、今の若者の人間関係を「希薄化」というイメージでとらえることは、ほぼ決定的に誤りだと言えるだろう。

 では、なぜこうした誤ったイメージが一般に流布し定着したのか。その理由はいくつか考えられるが、一つには「木を見て森を見ず」ということがある。子どもや若者が事件をおこすたびに、マスコミはそれを大々的に報道する。「おたく」ということばを世に知らしめた89年の連続幼女誘拐殺人事件の際には、容疑者の青年がコミック本やビデオテープに埋もれて暮らしていたこと、ほとんど友だちもいなかったことが集中的に報じられた。ここから、「情報の濃密化」と「人間関係の希薄化」が短絡的に結びつけられ、社会の情報化が進んでいる→若者全体に関係希薄化が進んでいる、という安易な図式ができあがった。だが、特異な犯罪や事件をおこす若者は、多分に特殊な若者(=木)であり、若者全体(=森)の傾向を必ずしも表しているわけではない。いつの時代にも特殊な層は存在するし、その特殊さの中身も時代の影響を受けて変化するわけだが、そうした時代の変化(例えば情報化)が特殊な一部に及ぼす影響と全体に及ぼす影響はイコールとは限らない。その点を見落とすことによって、誤ったイメージが広まっていったのである。

 また、べったりした重い人間関係より、互いを拘束しない軽い関係が好まれるようになってきたことが、関係の希薄化と勘違いされたふしもある。東京都の調査では、親や目上の人から期待をかけられることをわずらわしいと感じる若者が増えており、NHKの調査によると、つきあう範囲を限定した人間関係を望む者が増える一方にある。つきあう範囲のケジメはつけるが、その範囲内では本音でつきあうという関係がありうることからもわかるように、期待で相手を縛ったり、べったりいつも一緒にいたりしない“軽い”関係と、うわべだけでない“深い”関係は矛盾しない。しかし、私たちはややもすれば軽い関係=浅い(希薄な)関係と考えがちだ。そのことも、若者の人間関係が希薄化したという誤ったイメージが流布した一つの理由だろう。

 おもしろいことに、こうした縛られない軽い人間関係を好む性向は、携帯電話利用とも関係している。私が行ったいくつかの調査では、状況や気分に応じてつきあう友だちを切り替える(裏を返せば、特定の友だちといつもいっしょにいるべったりした関係をもたない)という者ほど、携帯電話の利用に親和的という相関傾向が一貫して認められた。携帯電話は、対面状況より相手に縛られにくい、つまり、誰と話すかを掌の中で選ぶことができ、話に飽きたらスイッチ一つでおしまいにできる、というメディア特性をもつ。そのことを考えるなら、この相関傾向もうなづけるものだろう。ちなみに、友人関係が希薄でない者ほど携帯電話の利用が活発という結果もでていることを、最後に付記しておこう。

 以上に関連した議論は、私のホームページhttp://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~tsujidai/※現在は移転にも掲載してあるので、興味のある方はそちらも参照してほしい。